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安倍首相、 スペインに行ってます。

APニュースによれば、安倍さん、 スペイン首相、 そして スペイン国王にもお会いしたそうです。 ニュースの内容は、下記に。

安倍晋三首相は16日夜(日本時間17日未明)、スペインのサンチェス首相と首都マドリードで会談した。今年が両国の外交関係樹立150年の節目となることを踏まえ、2国間関係を経済や安全保障、観光など幅広い分野で協力を進める「戦略的パートナーシップ」に格上げすることで合意した。両首脳は会談後、これらの内容を盛り込んだ共同声明を発表した。
sanchez_abe.jpg

 共同声明は、米国と中国の貿易摩擦も念頭に、「全ての不公正な貿易慣行を含む保護主義と闘い、公平な競争条件を確保するために努力する」と明記。日本と欧州連合(EU)が7月に署名した経済連携協定(EPA)の早期発効を目指す方針も表明した。
 安倍氏は会談で拉致問題の早期解決への協力を求め、サンチェス氏も支持。両首脳は国際的な脱税や租税回避を防止するための新租税条約にも署名した。安倍氏は首脳会談に先立ち、国王フェリペ6世とサルスエラ宮殿で面会した。
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セファルディ文化の日 (スペイン系ユダヤ人)

safardi_01.jpg

※ちょっと珍しい催しに参加させていただきました。

第3回日本スペイン語・スペイン語圏文化国際会議  セファルディ文化の日           
・パコ・ディエスによる セファルディ音楽コンサート   5つの楽器(そのうちの1つは、ハーディ・ガーディ と呼ばれる楽器で、15~6世紀に人気を呼んだハンドル式の弦楽器 )を駆使し、 素晴らしいライブでした。

・次に、写真展 「セファルディ発見」を見る。
カラー写真20点の写真展。現在のスペインでのユダヤの姿を、各都市とユダヤのエッセンスを表現しながら、その世界を見せてくれます。いつか、実際に足を踏み入れてみたいと思わせる雰囲気の写真でした。

・写真展会場では、セファルディのお菓子とスペイン産コーシャワインの試食/試飲ができ、貴重な体験。 オープニングでは、スペインユダヤネットワークの方が、スピーチをしました。

セファルディム(複数形)は、中世にイベリア半島に住んでいたユダヤ人の子孫を指し、1492年、イベリアに残る最後のイスラム政権を滅ぼしたスペインにおける大規模な排撃で、(学校では、スペインから追放されたユダヤ人と学んだ)その多くが南ヨーロッパや中東、北アフリカなどのオスマン帝国の領域に移住し、少数ながら、オランダやイギリスにも移り、20世紀にいたる。セファルディムの言語は、ラディーノ語(別名:ユダヤ・スペイン語、ジュデズモ語)であり、アシュケナジムが話すイディッシュ語とは異なるそうだ。 その子孫として有名なのは、 米歌手のニール・セダカ、 かつてパリまで行って観た仏歌手ジョルジュ・ムスタキ、ピアニストのホロヴィッツ、伊彫刻家のモディリアーニ(両親ともにセファルディ)、ピーター・ドラッカー、フランクリン・ルーズベルト(オランダ系だが母方がセファルディ)などなど多士済々。

500年以上経っても、スペインとの古の絆が感じられることに、心が躍る。

スペインで生涯功労賞「万引き家族」上映 のニュースから

スペインでも注目の 日本映画、 そのニュースを紹介します。

スペイン北部サンセバスチャンで開かれた第66回サンセバスチャン国際映画祭で23日、映画監督是枝裕和さん(56)が生涯功労賞に当たる「ドノスティア賞」を受賞した。スペイン語圏で最も注目され、欧州でも有数のこの映画祭でアジア人の同賞受賞は初めて。

 記者会見で是枝さんは「自分のキャリアはまだ半分ぐらいと思っていたので生涯功労賞は少し早い気持ちもあるが、最高の評価をしていただいた」と喜びを語った。
 カンヌ国際映画祭で最高賞を獲得した「万引き家族」が今回上映され、是枝さんのサンセバスチャン映画祭への参加映画数は10作品となった。(共同)

人よりも豚の数が多すぎて困っているスペイン のニュースから

・人よりも豚の数が多すぎて困っているスペイン のニュース
現在、スペインの豚の数は、人より350万も多い5500万頭。これは人よりも豚の数が上回った初の記録だとガーディアンは伝えている。
イベリコ豚の年間需要が高まったからが理由らしい。が、いいことばかりではなく、ガーディアンによると、環境には悪影響だし、食品安全スキャンダルを起こしたりと問題も多いとのこと.....

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外国人選手の名前の表記に関する お話

W杯も最終章。 あっという間の1か月でしたね。

選手の名前問題> これって昔から大きな問題なんですが、 それぞれの言語が異なる故、なかなか統一見解がないというのが 現状認識ですね。 特に、日本語は、世界の中でも特殊原語でもあり、また、 表記する文字の問題もあり、ということで 大変です。
特にこの7月、 W杯フランス代表の選手、 エムバペ 、 ムバッペ、 ンバッペ  媒体によって めちゃくちゃ です。
私個人の感触としては、3番目のンバッペが 一番近いような気がしてます。
また、つい最近、 日本の鳥栖に移籍になった、 スペイン人選手の トーレス、  よくメディアで見られるのが、 フェルナンドトレス という表記です。
見るたび、 違和感ありありです。
これについては、 答えは 一択 フェルナンド・トーレス しか ありえません。

今週 乾の記者会見が東京でありましたが、 乾が移籍する街は、 スペインの古都、 セビリアです。 昔から、 セビリアの理髪師 とか、この名前が浸透していますが、 スペイン標準語では、 音韻的には、 ”セビージャ”が 最も近いわけです。 つまり、2つの 表記が以前から 存在して、使われてきました。
ネット上でもときどき、どっちが本当?という コメントがあるますが、 メディアも不統一のまま 使ってきてますので、 難しい問題です。が、グローバル時代になり、 そろそろ、統一したほうが 何かとよろしいかと思うんですけど。

下は、 Footbalista に掲載された 名前問題をテーマにした記事です。  とても参考になりますので、抜粋を下記に。 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

選手が国境を越えることが当たり前になった今、各国のサッカーメディアではグローバル時代ゆえの新たな悩みが生まれている。外国人選手の名前をどう呼ぶか、だ。さらに日本の場合は呼び方だけでなく、表記をカタカナに変換しなくてはならないので、さらに大変である。

 各国リーグが開幕し移籍マーケットがクローズする8月末前後は、サッカー雑誌業界にとっては「選手名鑑の季節」でもあるが、百花繚乱という感じで様々な名鑑が出ていた2000年代と比べると、今はだいぶ選択肢が少なくなってしまった。

 なぜかと言えば、それは制作に超絶的な手間暇が必要とされるからだ。考えてもみてほしい。5大リーグだけでも全部合わせて98チームある。1チームあたり20人ずつとしても、取り上げる選手はおよそ2000人に及ぶ。その一人ひとりについて身長・体重などの基本データを確認するだけでなく、簡単なプロフィールを文章としてまとめなければならない。レアル・マドリーやマンチェスター・ユナイテッド、ユベントスならともかく、ベネベントやアミアン、ハダーズフィールドのように2部から昇格してきた名もないクラブの誰も知らない控え選手まで含めての話である。しかも全員分を一文字違わぬ決まった文字数にぴったり収めなければならないのだ。これはもう職人芸である。
■正確には「ンバペ」?…再現は不可能
 名鑑に限った話ではないが、日本語のサッカーメディアにおいて誤字脱字とかを超えたレベルで問題になるのは、チーム名や選手名のカタカナ表記である。これはもう永遠に解決しない課題と言っていいだろう。

 カタカナというのは日本語の発音(あいうえお)に1文字と1音がきっちり対応した表音文字だが、同じ表音文字でもヨーロッパ諸言語を表記する時に使われるアルファベットは、子音と母音の組み合わせで音を表現するというだけでなく、同じ表記でも言語によって対応する音が異なることが多い。なにしろ英語だと「エイ・ビー・スィー」だがイタリア語では「ア・ビ・チ」、ドイツ語だと「アー・ベー・ツェー」なのだ。さらに、英語の「th」とかドイツ語の「ch」、フランス語の「r」(これらはほんの一例に過ぎない)のように、そもそも日本語には存在しない発音だって少なくない。これらをカタカナで「正確に」置き換えるということ自体、そもそも不可能なのだ。できるのは、元の発音を可能な限り違和感がないようにカタカナに置き換えるというところまでである。

 例えば昨シーズンまでアーセナルを率いていたフランス人監督Arsene Wengerは、アーセン・ベンゲルとも、アルセーヌ・ヴェンゲールとも表記できる。しかし我われ日本人が日本語の発音でこのカタカナを音読してみたところで、フランス語の耳しか持っていない人にはどちらをどう読んでも「彼」のことだとは伝わらないだろう。フランス語の「w」や「r」の発音は日本語に存在しないしカタカナでも表記不可能なのだから。

 それ以前にまず、そもそもどの言語の発音に準拠して表記するかという問題もある。今やヨーロッパのメガクラブでは外国人選手の方が多いのが普通だ。そして、同じアルファベットで表記された一つの名前でも、言語によって読み方、発音が異なって来るというのはしごく普通のことだ。

 例えば、昨夏ラツィオからミランに移籍したアルゼンチン代表のBigliaは、母国語のスペイン語だと「g」を発音するのでビグリアという表記が最も近いが、イタリア語だとgliは「リ」に近い音(これも日本語にはない発音)になるのでビリアの方がぴったりくる。アルゼンチン人のほとんどは何代か祖先をたどるとイタリア人かスペイン人にたどりつくわけで、このBigliaも元はイタリアの苗字だ。さて、スペイン語読みとイタリア語読み、どちらを採用すればいいだろうか。どちらでもいいとは思うが、サッカー選手の名前に関しては、クラブチームだけでなく代表チームでもプレーする可能性があるので、母国語読みを原則にした方がリーズナブルだ、という結論になる。

 サッカー選手の名前をどう読むか、というのは、日本のサッカー媒体だけの問題ではない。ヨーロッパのブロードキャスター(テレビ、ラジオ)にとっても同じである。文字としてはアルファベット表記なので誤植以外には間違えようがないのだが、それを音声にする時には常に発音の問題がつきまとう。イタリアのテレビ局の場合は、できる限りその選手の母国語に近い発音をしようというのが基本路線。たとえイタリア系の苗字であってもアルゼンチンなどスペイン語圏の国籍を持つ選手ならばビリアではなくビグリア、マスケラーノMascheranoではなくマスチェラーノと呼ぶし、フランス人ならばラウリーニLauriniではなくロリニー、デ・マイオDe Maioではなくディ・メオと呼ぶ。かつての名選手ミシェル・プラティニやエリック・カントナもイタリア移民の子孫であり、イタリア語読みだとプラティーニ、カントーナとなるのだが、ちゃんと最後の母音にアクセントを置いてプラティニ、カントナと呼ばれていた。

 ちなみに今回のW杯絡みで日本でも話題になったベルギー代表のDe Bruyne、フランス代表のMbappeは、イタリアのTV中継ではそれぞれ、フランス語に準拠しようとする意思の下に、あえてカタカナで表記すればデ・ブルインヌ、ンバペ(「ぺ」にアクセント)と聞こえるような発音で呼ばれていた。しかしこれも、発音的には例えば河内弁の話者が津軽弁の訛りを真似するみたいなもので、どうやっても真似ごとの域を出るものではなく、ネイティブ感は漂わない(イタリア語とフランス語の言語的な距離感は、津軽弁と河内弁くらいの近さだ。文法的にはほとんど同じだし)。

 そうやって考えると、じゃあDe BruyneやMbappeをカタカナでどう表記するのが正しいのか、というのは、もう問い自体がナンセンスに近い。フランス語の「ru」の鼻に抜ける感じは「ル」と書いても「リュ」と書いても表現できないし、かつてのエムボマでもおなじみの「M」は、カタカナだと「エム」と書くか「ム」と書くしかないが、発音が一番近いのはおそらく「ン」だろう。しかし「ンバペ」と書いたら、しりとりが終わらなくなってしまう。

■オンダ、アムシク…一体誰?
 そもそも母国語に近づけようとしても、イタリア語にない発音もあるので、それを再現できないケースもある。例えばイタリア語には子音の「h」が存在しないため「ハ行」はすべて「ア行」で置き換えられる。ホンダHondaはオンダに、ハムシクHamsikはアムシクに、ヒサイHysajはイザイーになるわけだ。イタリア語の発音と最も相性が悪いヨーロッパ言語の一つがドイツ語で、昨夏シャルケからユベントスにローン移籍してきたヘベデスHowedesはオーベデス、今夏ユベントスからアーセナルに移籍したスイス人のリヒトシュタイナーLichtsteinerはリクステイネルみたいな感じになってくるが、そのあたりはもう仕方がない。母国語になるべく近づけようという努力そのものがリスペクトに値する。

 確かなのは、外国語の表記や発音というのは、そのくらい複雑かつデリケートなものだということ。話を戻せば、それも含めてディテールまで裏を取り、選手一人ひとりにコメントをつけ、さらに誤字脱字もほぼ皆無というところまで追い込んで完成する日本の選手名鑑には感服するしかない。ここまで細かくきっちり作られたデータブックは、少なくともヨーロッパにはどこにも存在しない。作り手のみなさんには足を向けて眠れないというものである。

動物愛護団体が闘牛と牛追いに抗議、スペイン のニュースから

スペイン北部パンプローナ(Pamplona)で牛追い祭り「サン・フェルミン祭(San Fermin Festival)」の開幕を翌日に控えた5日、動物愛護団体の「動物の倫理的扱いを求める人々の会(PETA)」と「アニマ・ナチュラリス(Anima Naturalis)」が闘牛と牛追いに対する抗議デモを行ったそうだ。

まあ、こういう話は、今 始まった話で市ではなく、昔からあるけどね。
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2018年の日本スペイン外交関係樹立150周年を記念して スペイン・マドリードで

歌舞伎 開催。  チケットもかなり売れているようですね。
ニュースの内容は 下記。

歌舞伎俳優中村勘九郎(36)中村七之助(35)らによる「平成中村座 スペイン公演」がカナル劇場で開幕。
チケット完売の期待の中、大声援と喝采を受け、観客に受け入れられた。父中村勘三郎さん(享年57)が好きだった地での公演成功に、2人は今後への思いも新たにした。日本とスペインの国交樹立150周年の節目に行われた記念公演は7月1日まで。

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スペイン、新閣僚の過半数が女性だよ!

スペインのサンチェス首相は6日、新内閣の閣僚を発表した。外相に元欧州議会議長のジョゼップ・ボレル氏を起用するなど、欧州連合(EU)重視の姿勢を鮮明にした。
 経済相には、EUの予算担当部門の高官だったナディア・カルヴィーニョ氏を起用。サンチェス氏は財政規律を求めるEUの意向を尊重する考えを示しており、それを反映した形だ。
 AFP通信によると、サンチェス氏は新内閣の顔ぶれについて「EU(の政策)に軸足を置いたものだ」と狙いを語った。17人の閣僚のうち女性が11人を占めている。

スペインとイタリアの政権交代の ニュースから  >>参考になります。

  MSNニュースからの抜粋>>

先週、イタリアとスペインで新政権が誕生した。ところが、イタリアの政権交代が市場を大きく動揺させたのに対し、スペインの政権交代が波風を立てることはなかった。その背景には両国の経済が異なる道を歩んできたということ、両国のユーロに対する考え方の違いがある。ポピュリスト政党2党から成るイタリアの新政権はユーロ圏離脱の可能性もちらつかせてきたが、スペインの主要政党はすべてユーロ圏残留を約束している。
 6年前に現在の状況を予想できた人は少ないだろう。欧州債務危機の最中、スペインはイタリアよりもずっと苦しい立場にあった。しかし、より思い切った経済改革を行ったのはスペインの方で、景気回復もかなり力強かった。その国内総生産(GDP)は今や危機前のピーク水準を超えている。それに対してユーロ導入以前に遡る経済問題の解決を怠ってきたイタリアのGDPは過去のピーク水準を5%下回っており、有権者は過激な経済政策に理解ある姿勢を示している。
 スペインとイタリアは双方とも輸出品の競争力を維持するためにインフレ率を上げたり、平価を切り下げたりしてきた過去があるので、より高い金利で借り入れざるを得なかった。ところが、ユーロ圏に参加すると、そうしたペナルティーは消え、両国の国債の利回りはドイツの水準にまで低下した。
 それによってスペインでは、アイルランドと同様に、大規模な住宅バブルとドイツやその他の国からの巨額の資本流入が起きた。貿易収支や投資収入を含むスペインの経常赤字は急激に増大した。ギリシャでは流入したドイツ人の貯蓄によって民間債務ではなく、政府債務が穴埋めされた。しかし、その結果は概ね同じだった。欧州債務危機が始まった際、そうした流入は急に止まり、国債利回りが急上昇し、イタリア、スペイン、ギリシャの経済は深刻な景気後退に陥った。
 保守派のマリアノ・ラホイ首相の下、スペインは従業員の解雇や職場環境の変更をより容易に安くできるようにするといった労働市場の自由化で欧州債務危機に対応した。銀行には不良債権の処理、統合、資本構成の変更などを迫り、財政赤字を抑制するために公共支出を削減した。そうしたこともあり、9%も減少したスペインのGDPは2013年に回復し始めた。
 経済成長を促したのはラホイ首相の改革なのか、それとも競争力を高めた賃金と物価の下落といったより従来的な要因なのかについては多くの議論がある。失業率は依然として高いままだが、スペインの政界でユーロ懐疑論が定着してこなかったのには景気回復の影響が大きい。ラホイ氏は与党幹部らが汚職事件にかかわった件で1日に不信任決議を受けて退任に追い込まれたが、後任のペドロ・サンチェス首相はラホイ氏の予算を維持すると約束してきた。
 スペイン同様、イタリアもユーロ圏に参加した際に平価の切り下げによって競争力を高める力を失った。イタリアの主要経営者団体コンフィンダストリアのチーフエコノミスト、アンドレア・モンタニオ氏によると、イタリアの世界的な大手輸出業者は「「(事業を)再構築し、(組織を)再編し、外国市場に進出した」が、イタリア経済の大半を占める中小企業は通貨の切り下げなしでは競争できなかったし、今後もできないという。
 イタリアにはスペインのような無謀な民間借入やギリシャのような過剰な政府借入がなかったので、外国資本の流入額はかなり少なく、欧州債務危機中の成長減速もそれほど深刻ではなかった。イタリアでは銀行を救済する必要がなかったうえ、厳しい緊縮政策をとることもなかった。欧州政策研究センター(CEPS)のダニエル・グロス所長はイタリアの財政赤字がユーロ圏平均を上回っていたと指摘する。
 イタリアは生産性の伸び悩み、低出生率、硬直的な労働市場など、ユーロ導入以前の構造的問題を抱え込んだまま欧州債務危機に突入した。救済を受けなかったイタリアの銀行の不良債権処理はなかなか進まなかった。労働市場改革もスペインほど野心的ではなかった。イタリアの最も重要な財政改革は年金給付額を減らし、退職年齢を引き上げることで年金の負担を削減することだった。しかし、こうした変更は非常に不人気で、ポピュリストの新政権はそうした措置を撤回すると約束してきた。

最終章、ラストダンス ~アンドレス・イニエスタ~

今夜の試合で、アンドレス・イニエスタ、 バルサ最後の試合になる。 しっかりと目に焼き付けておこう。
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スペイン最古の大学、サラマンカ大学のニュースから

私の友人も何人か、サラマンカ大学へ留学しました。  世界でも最も古い大学のひとつかと記憶しています。
その関連ニュースがありましたので、 下に抜粋を紹介。
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天皇、皇后両陛下は4月12日夕、東京都港区の国際文化会館で、スペインのサラマンカ大学の創立800周年と、「日本サラマンカ大学友の会」の設立20周年を祝う集いに出席した。
 同大は欧州最古級の伝統校の一つで、両陛下は2度訪れたことがある。会にはリカルド・リベロ総長ら約100人が出席。天皇陛下は駐日スペイン大使との懇談で、19歳のときに欧州を歴訪しスペインで若い学生と交流した体験を披露。「あの方たちは今どうしているかなあとふと思うことがあって。大変楽しいひとときを」と述べた。
 同大には両陛下の訪問を契機に日本との文化交流拠点、日西文化センターが設立された。センター内のホールは、皇后さまにちなみ「美智子さまホール」と呼ばれている。

昔から行ってみたいと思っていた スペインのフリヒリアナ のニュースから

いつか行ってみたい!!!  白い村々は しばしば、観光ガイドや、TV番組に登場しますが、 フリヒリアナがニュースに取り上げられていました。 その抜粋が 下記。
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スペインで「一番美しい村」に選ばれた白の絶景・フリヒリアナ
スペインのアンダルシア地方にある小さな村「フリヒリアナ」。南地中海を望む丘の上にあるこの村の中に一歩足を踏み入れると、まぶしいほどの白の絶景が目の前に。どこを切り取っても絵ハガキになるフリヒリアナは「スペインで一番美しい村」に選ばれたこともあります。有名な観光スポットがないにも関わらず、ツーリストに大変人気の村となっているのは、素朴で美しい景観が訪れる人々の心を捉えて離さないからでしょう。
 じつは村中が白く塗られているのは、太陽の強烈な光を遮るためなのです。生活の知恵がつくり出した奇跡とも言える白の絶景を眺めてみたいと思いませんか?
 「フリヒリアナ」とそこから車で約15分の海水浴が楽しめる「ネルハ」、もうひとつの白い村「ミハス」も とても有名。
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スペインと日本の古道のお話

「熊野古道」「サンティアゴ」両方達成1000人に のニュースから

世界遺産に登録されている巡礼道「熊野古道」と「サンティアゴ巡礼の道」の両方を歩いた「二つの道の巡礼者」が先月、1000人に達し、米アラスカ州アンカレッジのスティーブン・バグノさん(38)に和歌山県田辺市などから記念品が贈られた。
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 巡礼道を抱える田辺市とスペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラ市は、2015年2月に共同事業として「共通巡礼手帳」を作り、二つの道の定められたルートを歩いた人を「二つの道の巡礼者」として登録し、「共通巡礼達成証明書」を贈っている。
 バグノさんはフリーライターの傍ら旅行会社を経営し、ツアーの視察を兼ねて1人で熊野古道巡礼に訪れた。サンティアゴの道は05年と08年の計62日間で約1600キロ、熊野古道は2月20、21日に滝尻王子~熊野本宮大社間38キロを歩いた。
 熊野本宮大社に到着したバグノさんは「歩いた後で疲れていたが、このようなサプライズな歓迎を受けて力をもらった。静かな時間と場所で自分を見つめ直す巡礼の旅となった」と話した。
 共通巡礼達成者は45カ国に及び、男性484人、女性516人。国別では、日本246人▽オーストラリア198人▽アメリカ125人▽スペイン113人▽イタリア32人--とヨーロッパや北中米、オセアニアからの旅行者が6割以上を占めている。

行ってみた~い  「熊野古道」「サンティアゴ」両方達成

「熊野古道」「サンティアゴ」両方達成1000人に のニュースから
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世界遺産に登録されている巡礼道「熊野古道」と「サンティアゴ巡礼の道」の両方を歩いた「二つの道の巡礼者」が先月、1000人に達し、米アラスカ州アンカレッジのスティーブン・バグノさん(38)に和歌山県田辺市などから記念品が贈られた。

 巡礼道を抱える田辺市とスペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラ市は、2015年2月に共同事業として「共通巡礼手帳」を作り、二つの道の定められたルートを歩いた人を「二つの道の巡礼者」として登録し、「共通巡礼達成証明書」を贈っている。
 バグノさんはフリーライターの傍ら旅行会社を経営し、ツアーの視察を兼ねて1人で熊野古道巡礼に訪れた。サンティアゴの道は05年と08年の計62日間で約1600キロ、熊野古道は2月20、21日に滝尻王子~熊野本宮大社間38キロを歩いた。
 熊野本宮大社に到着したバグノさんは「歩いた後で疲れていたが、このようなサプライズな歓迎を受けて力をもらった。静かな時間と場所で自分を見つめ直す巡礼の旅となった」と話した。
 共通巡礼達成者は45カ国に及び、男性484人、女性516人。国別では、日本246人▽オーストラリア198人▽アメリカ125人▽スペイン113人▽イタリア32人--とヨーロッパや北中米、オセアニアからの旅行者が6割以上を占めている。

スペイン 壁画のニュースから 

すごい発見だね。  詳細は、朝日ニュースから。 
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スペイン北部の世界遺産のラパシエガ洞窟の壁画が世界最古の洞窟壁画であることが国際研究チームの調査でわかった。現生人類は当時欧州におらず、絶滅した旧人類ネアンデルタール人が描いたものとみられる。22日付の米科学誌サイエンス電子版に発表された。
 研究チームはラパシエガ洞窟など3カ所で動物や手形などの線描の部分に含まれる天然の放射性物質を高精度な年代測定法で調べた。三つとも6万4800年以上前に描かれたものだとわかった。
 現生人類がアフリカから欧州にやってきたのは4万~4万5千年前とされる。1万数千年前のアルタミラ洞窟(スペイン)や約2万年前のラスコーの洞窟(フランス)など、これまでの洞窟壁画はすべて現生人類が描いたと考えられてきた。
 4万年前に描かれたスペイン北部のエルカスティーヨ洞窟の壁画がこれまで最古とされてきたが、さらに2万年さかのぼる古い洞窟壁画と確認されたことで、研究チームは「すでにいたネアンデルタール人が描いた洞窟壁画だ」としている。ネアンデルタール人は現生人類に近い種で、約40万年前に出現し、4万年~2万数千年前に絶滅した。
 ラパシエガ洞窟の壁画には線を組み合わせたはしごのような図形もあった。抽象的な考えを具体的な形で表す「象徴表現」の可能性がある。人類の進化に詳しい佐野勝宏・早稲田大准教授は「象徴表現は現生人類のみが生まれつき持つ固有の認知能力という考えが多数派だった。今回の年代が正しければ、ネアンデルタール人にもこの能力があったことになる」と指摘している。
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